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第二幕
M8 Taboo
M9 異常者のうた
M10 花
M11 ジェノサイドパラダイス
M12 出口
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陰鬱で不気味な鐘の音とカラスの鳴き声が劇場に響き渡り、第二幕の開演を知らせる。
再び牢獄のような壁が上がり、そこは夕方頃だろうか。すっかり夜の気配である。
その暗闇の中を、花旗と車椅子に乗せられている寿、それを押す珠代が走り抜ける。
建物に飛び込むとコンビニの入店音のような音が鳴り響く。
ここは、ホテルのようだ。
病院からここまでずっと走って逃げてきたのか、花旗も珠代も肩で息をしている。
「なんでホテルなのよ!」
「病院に家は知られてる。帰るわけにいかないだろ」
「だったら警察に行けばいいでしょ!」
「警察は事件が起こってからじゃないと動かない」
「もう起こってるでしょ事件!!患者が看護師食べてたでしょ!!!」
「……あ!!」
花旗は、ジャーナリストとして「八猪病院の秘密」をすっぱ抜いてやろうとするあまり、そのことを忘れていた。
そんなやりとりをしていると、上品そうな女性がカウンターに出てくる。
「いらっしゃいませ」
「ぁあっ!?」
「なにか?」
「あの、な、ナース…」
「八猪病院のですね。妹です」
「えっ」
「小神田姉妹、とお呼びください。お泊まりですか?」
「あ、そうなんで…」
「いえ!すみません!間違えました!」
突然、珠代が車椅子とともに外に飛び出し、花旗は戸惑いながらあとを追いかける。
小神田は「えーーー!早すぎ!このカウンターここでしか使わないのにぃーー」と叫びながら、カウンターごと幕袖に回収されていく。
「なんで人食べられたこと忘れちゃってたのよ!!!」
「だって、仕方ないだろ、夢中になってたんだから!」
「もう、これからどうすんのよ!」
口論していると、近くで止まる救急車の音。
「救急車が止まった。あれ……院長のやつ降りてきたぞ!」
「なんでここが分かったの!」
「まさかこいつにGPSでも……」
「GPSなんか付いてないわ!アフリカくんの視力とイルカくんの聴覚とゾウくんの嗅覚を使って追いかけてきたんだ!」
颯爽と現れた院長は、うしろに八猪北棟オールスターズのアフリカくん、イルカくん、ゾウくんを引き連れている。
「オーケー寿、そのジジィを連れてこい」
「くそっ……!」
「ヴァアア」
八猪の命令で立ち上がって花旗に近づく寿。
花旗は車椅子を盾に寿と対峙し、車椅子の後ろに刺さっていた松葉杖で、寿を押しのける。再び襲い掛かろうとする寿にむかって車椅子を転がすと、寿の脛にクリーンヒットし、寿は弱々しい声を上げて座り込んでしまう。
「ヴゥ」
「クソ……!」
「どうやらオツムは弱かったようだな」
「人間、誰でも頭は弱いわ!」
「オラッかかってこい!!!」
形勢逆転。
再び車椅子に寿を座らせた花旗は、松葉杖でオールスターズに応戦する。
「珠代!お前は救急車に乗れ!!それで逃げるんだ!」
バッタバッタとなぎ倒す間を縫って救急車へ走っていく珠代と寿。
ブンブン松葉杖を振り回して格好つけてみる花旗だが、院長に呆気なく蹴り倒される。
地面に倒れた花旗を捕まえようと近づくと、急にスプレーが噴射された。
「うわっ!」
「ふっふっふ、殺虫(防虫?)スプレー!」
全員がひるみ、その隙に救急車へと乗り込む花旗。
車は行くあてもないまま、走り出した。
「クソッ……追うぞ!!」
「「「「あ゛ぁああああああ」」」」
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同刻、北棟。
薄暗い病室の中で、憤りを隠せないアキラと絶望の表情の百合本がベッドに縛り付けられており、彼らの後ろには、院長に操られた患者たちが見張るようにベッドの柵を持って立っている。
アキラがジリジリと怒りの視線を投げつける先には、看護師たちが死んだ看護師の片付けをしている。
「あぁっ……!!!」
「ユタカさん、大丈夫ですか…?」
「…………ッ大丈夫!」
奥のカーテンで区切られた場所でメイがユタカの傷の治療をしているようだ。
痛いのだろうか、時折ユタカの声が漏れ聞こえる。
「……なんで俺らがこんな風にならんとあかんのや!」
「先生の命令ですから」
「で、アンタはなんでそんなもん持ってんねん!」
「は~い!これはぁ、私のお気に入りの鉈で~す♡」
「だからなんでそんな可愛いんや!」
甘木の手には、愛用の鉈がギラリと光っている。
こんな異常事態にも関わらず、ぶりっ子な甘木に苛立ちが隠せないアキラ。
後ろでは、4人の看護師がバラバラになった看護師の死体を感染性廃棄物用の袋に詰め込んでいた。1人は床の血痕を掃除しているが、そのモップはもはや真っ赤に染まっている。
突然、1人の看護師が遺体を詰めた袋を抱えて泣き出す。
「ココノエ トワコ~~~~~~~!!!」
「やめろクソ芝居!」
「こんな口の悪い人のことは放っておいて、ココノエさんをファイアールームへ持って行きましょう」
「でも、ココノエさんは患者さんではないですよ。それはあんまりです!」
「そうですね…では霊安室へ」
そう甘木に言われ、看護師たちは残りの片づけを済ませ、袋を抱えて階段を上がっていく。
ふと、百合本が聞き慣れない言葉に口を挟む。
「あの、ファイアールームって、火葬場のことですか」
「はい?」
「火葬場って勝手に作っちゃいけないんですよね」
「え……」
「火葬場って法律で決められてるんですよね。病院内に勝手に作っちゃいけないって」
まくし立てる百合本とベッドの後ろに立つ患者の感情がリンクしているかのように、じわじわと百合本のベッドが押されて甘木の方へ向かう。
「せ、先生の実験には多大な実験材料が必要なんです!それをいちいち申請していたらキリがありません!ですから、先生がDIYでお作りになって...」
「ダメなんですよね!」
迫る百合本のベッドを、力強く足で踏み止める甘木。
「ですから火葬場とは言ってないです……ねっ?♡」
「「「「ファイヤールームです!♡」」」」
「言い方変えただけやろがぁっ!!」
「すべては先生の偉大なる研究の為です」
「お前も頭いじられてんちゃうんか、このエセ看護師!!!」
「え、エセ…エセ……い、いやな言葉を使いますね。汚い汚い」
「そら言葉遣いも汚なるわ!!」
「先生がやっていることは正しいことです。神聖なことなんです」
「もぉ~~~~~~~頭パンクしそうやッ!」
激昂するアキラのベッドはすっかり汗でシーツが滲んでいる。
「俺らをこんな風にしてどうする気や」
「私たちを…きっと、こ、殺すんでしょう!」
「それは、先生がお考えになることですから」
「そ、そんなぁ、、、あんまりよぉお!」
恐怖のあまり泣きだす百合本。
「お願いよぉおぉおぉおぉお……!殺さないでよぉんぉんぉん……!助けてよぉんぉんぉん……!!」
強烈な泣き声と声量で命乞いをしてくる百合本に、甘木が若干圧倒されている。
「お願い見逃してよぉ!!...そうだ、貴方も一緒に逃げましょうよ!私のホテルでお過ごしになって、素敵なバカンスを送るといいわ。お給料だって今よりずっと良くするわ!だから!お願い!!」
逃げる、というワードに反応する甘木。
そんな空気を、ユタカの叫び声が切り裂く。
「あぁっ……!!!」
「大丈夫ですか?」
「…………ハイ」
「...ええわ。じきにドンファンがあの患者連れて警察に行くわ。そしたら、アンタら全員おしまいじゃ!」
「それは...どうでしょう」
アキラの強い言葉に、何故か余裕の笑みを浮かべている甘木。
と、その時、奥のカーテンがシャッと開けられ、手術着のメイが現れる。
「無事に終わりました!」
「あぁ!ユタカさん良かった!……ってえらい変な顔してはるけど、大丈夫ですか?」
ユタカの顔を見ると、術後とは思えないような、酩酊したような、蕩けたような表情を浮かべている。
「おん。麻酔効いてたから、全然大丈夫……大丈夫…」
「もう大丈夫です。傷口はすっかり縫いましたから」
「えぇ!あんなに千切れてたのに?」
「いえ、血は酷かったですが、傷は浅かったので」
「お嬢様、血が苦手なのでは…?」
「ほんまや!大丈夫ですか?」
ハッとした顔をするメイ。
「私、夢中で……治ったみたいです!火事場の馬鹿力です!」
ニッコリ笑うメイに、キラリン☆彡という効果音がつく。
「なんだか力が湧いてきました!アキラさん、私父と戦います。甘木さん、私父を許せません。こんなの絶対ダメ。許すわけにはいきません!」
「な、なんだ⁉」
と、メイが決意表明すると、突然、80年代のアイドルソングのような明るい曲が流れだし、舞台袖からダンサーたちがポンポンを持って出てくる。
聖子ちゃんカットで、赤いニットに白いスカートでチアのような服装のダンサーたち。
1人がメイの手術着を剥ぎ取ると下からピンク色の可愛い衣装が現れ、メイはピンク色のカチューシャを装着し、可愛いアイドル衣装に変身する。
♪TABOO
バーイ グッバーイ 独裁者
さようなら 小さな独裁者
バーイ グッバーイ 独裁者
さようなら 独裁者
人の掟に背いちゃダメ
神様の領域に入っちゃダメよ
パパが本当にやりたいこと
人の心を操ること
バーイ グッバーイ 独裁者
さようなら 小さな独裁者
バーイ グッバーイ 独裁者
さようなら 独裁者
「歯向かう人は 潰してしまえ」
「嫌いな人は 殺してしまえ」
許しちゃいけないそんな考え
人は自由に生きるべきなの
私は決意 そんなのダメなの
これ以上 人体実験
((ダメダメダ~メ!))
バーイ グッバーイ 独裁者
さようなら 小さな独裁者
バーイ グッバーイ 独裁者
さようなら 独裁者
私ここに残り パパと戦うわ
ジャンヌダルクのように みんなを解き放つ
バーイ グッバーイ 独裁者
さようなら 小さな独裁者
バーイ グッバーイ 独裁者
さようなら 独裁者
「……着替えます!」
「はい~~~♡」
歌い終わり、スッキリ満足顔のメイはダンサーと一緒にカーテンの向こうへと消える。
「は~~~♡メイさんごっつかっこええ……」
メイにすっかり骨抜きのアキラ。
と、緩んだ空気をガンッガンッという金属音が、再び現実に引き戻す。
甘木が鉈で階段の手すりを叩いた音だ。
「皆さん!皆さんは勘違いしています。先生がやっていることは、正しいことです!!」
「先生は社会をより良くするために研究をしてらっしゃるんです」
「そんなに言うんやったら、堂々とやったらええんとちゃうんかい!」
「それは……」
「できへんのやろ。自分でもアカンことやって分かってんのとちゃうんか」
と、その時、奥のカーテンがシャッと開き、着替え終わったメイが出てくる。
「メイさん…あんたのその覚悟立派や。でもな、アンタはこんなところおったらアカン。アンタは早よここから逃げた方がいい」
「お嬢様は誤解しています!先生の研究は崇高なものです」
「甘木さん、みんなを逃がして」
「逃がしません!」
「甘木さん!」
どれだけ話を重ねようとも、院長への忠誠心が変わらない甘木。
アキラたちは、より一層焦燥と苛立ちを募らせる。
「でも、俺たちがここに捕まってても、あのドンファンが警察にあの患者を連れていけば…」
「そうや、あの人が警察に行って全部話したらわかることや…俺らをこうしてる意味はないんとちゃうんか!」
「この町の警察に行っても無駄です」
「なんでや!」
「ネットワークがあるからです!」
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照明が変わり、ある情景が挿入される。
ここは、警察署。
1人逃げのびたはずの漆原が、婦警になぜか手錠をかけられて連行されている。
「ちょっと待てよ、なんで俺が捕まらなきゃいけないんだよ」
「公務執行妨害です」
「ただ俺は八猪病院を調べてくれって頼んだだけだろ。うちの社長がアイツらに監禁されてるんだよ!」
「ですから、公務執行妨害です。八猪病院は公務です!」
婦警が目深に被った警察帽をかぶりなおすと、現れたその顔はあの小神田と同じ顔をしていた。警察は八猪病院と繋がっているのだ。
ありえない事態に絶句する漆原。
すると、丁度そこへ通報にきた花旗たちが現れる。
彼らと目が合った漆原は決死の形相で叫ぶ。
「この警察ヤバイ!!!逃げて!!!」
「あっ!待ちなさい!!」
花旗たちはただならぬ事態を察知し、すばやく踵を返す。
婦警は、無線ですぐさま院長に連絡を取る。
すると客席内の通路を(大阪公演は舞台上のスペース)バイクに乗った院長が颯爽と現れる。その後ろにアフリカくん、イルカくん、ゾウくんが組体操の扇のように器用に3人乗りしている。
それに合わせてポップだがダークな曲調の曲が流れ出す。
「もしもし一子(いちこ)ちゃーん?」
「院長すみません。逃げられました」
「だーー!もう!近くまで来てんのに!」
「ホテルの男は捕まえました」
「署長に伝えといて!町から出すなって!」
「了解しました。操作網総動員して捕まえます!」
「しくよろーーーー!!!」
「なんだよこれ、どうなってんだよ!!」
無線が切られ、漆原が連れて行かれていく。
この病院で人体実験が行われるようになった理由が、甘木と婦警の小神田によって歌い上げられる。
♪異常者のうた(歌割曖昧です)
あれは十年前 一人の女子高生
下校途中三人の 男に拉致られて
車の中弄ばれて 苦しめ殺されて
この山の奥の林に埋められた
ハイキング好きのおじさん ある朝見つけた
土の色の変わったとこから 手首出てた
メイが悲痛な顔でアキラにぽつりと話す。
「私のクラブ活動のの先輩です。真面目で尊敬してた。勉強のこと、学校のこと、なんだって相談してたんです…」
ある日万引きした 少年が掴まった
悪い夢を見て 少年が口を破った
残りの2人も 捕まって分かったのは
全員が未成年 しかも16歳未満
「あーなんかそれ、ニュースで見たな。主犯が高校1年生で、共犯2人が中学生だったってやつ」
「ほな、あの、なんや少年法で守られるっちゅーやつっすか」
「そうそう、たいてい出所して再犯するパターンな」
「ああいうの、一生入れとったらええねんッ!!」
誰もが思うわ
犯人にも同じ目を!
2度と世の中に出さず
同じ目に!合わせろ!!!!!!!!!!!
婦警の小神田と甘木のハーモニーが強烈に耳に焼きつく。
それはまるで女性全員の代弁であるかのようで、激しい怒りが鼓膜に焼きつく。
先生は宣言した
「同じ目に合わしてやろう」
「でも、そんなことできへんでしょ」
被害者この町の 警察署長の娘
そして先生と署長は 幼馴染だった
二人は三年前 お酒を酌み交わし
署長は温めていた 復讐プランの実行
先生に相談したの 犯人こっそり出所させ
病院に送ったならば 人格変えられるかな?
酒を酌み交わす院長は、上機嫌に署長に言い放つ。
「署長!それは素晴らしいアイデアだ。喜んで協力させてもらおう!な~にカンタンカンタン!点滴注射ガンガン打って出所して居場所を失い、ノイローゼの末に廃人ということで。で、本当の廃人になったら俺の実験に使ってもいいかな~?いいとも~~~!!」
犯人が一期生 最初の実験台
寿くんが一期生 最初の実験台
性犯罪者は治らない(マニアックは治らない)
性犯罪者は治らない(マニアックは治らない)
性犯罪者は治らない(マニアックは治らない)
性犯罪者は 治らない
寿や看護師たちが幕袖へ素早く消え、何事もなかったかのように全てが元通りになる。
鉈を握りしめた甘木が神妙な面持ちで話す。
「…だから警察へ行っても無駄なんです」
「じゃあ、なおさら俺たちをこうやって捕まえてる意味はないんじゃないのか!」
「......管轄や」
「え?」
「この町を出たら管轄の外や。そしたらもう追っていかれへん...」
絶望の表情を浮かべる一行。
「性犯罪者は頭のおかしな人たちです!それを治そうとしているんですから、これは立派な…崇高なことなんです!」
「ほんまに全員がそうですか」
「え?」
「実験台にされた人の中には罪のない人もおったんとちゃいますか!?…そうちゃいますか!」
「それは…」
「そうよ、お父さんはもう実験がしたいだけよ!」
「先生はお嬢様と一緒に病院をやっていくために、この病院を守ってこられたんですよ」
「私、頼んでない!」
「本当に、お父さんのやっていることが正しいと思うの?こんなことのために看護師になったんじゃないんでしょ?甘木さん、あなたが正しいと思うことをして!」
メイに説得される甘木の目には、溢れんばかりの涙が溜まっている。
その涙は、残されていた良心の呵責なのだろうか。
甘木は肩を震わせて黙り込む。
「甘木さん!!!」
束の間の沈黙。
メイの呼びかけにガックリと肩を落とす甘木。
「……皆さんの、縄を解いてあげてください」
全員のホッとした息が一斉に吹き出る。
天を仰ぐアキラ。
百合本は感激のあまり震えている。
「あああありがとう婦長さん。ぜひ我がホテルでステキな余生をお過ごしになって」!
患者たちに手錠を外してもらった百合本は足早に病棟を出ようと階段を駆け上がる。
「メイさんも一緒に逃げましょ」
「私はここに残ります」
「お嬢様?」
「どこ行ったって八猪の娘だって言われる…」
「そんなん関係ない!」
「それに、父が一番支配したいのは私なの。だから、私がここに残ればいいの」
「そんな」
「父は私を支配したいんです。だってあの人、私のマンションに監視カメラを付けてたのよ!だから2年間帰ってこなくても平気だった。……だから私はカメラに向かっていっぱいいやらしいことをしてやった!カメラに向かって股を開いて、私はいい子じゃないって」
「メイさん!!!!!」
衝撃の告白に固まる一同。
「なんか……あんまり言わんでいい情報も入ってきてるような!?」
「ねぇ、早くしないと…」
先ほどの告白に動揺しつつも、メイを説得しようとするアキラ。
「逃げま…す?……に、逃げましょ!」
「アキラさん……」
「おい!」
「ユタカさんは先に行ってください!俺はメイさん連れて後から追いかけます!」
「……おう、早く来いよ!」
「あなたたちも、もう行きなさい」
そう言われた患者二人は、どこへ?と言わんばかりの心許ない足取りで北棟の奥の方へと戻っていく。
「アキラさん、どうして」
「俺は…」
と、メイに話を始めようとしたアキラだが、患者たちが名残惜しそうにこちらを見ているのに気づく。
「シッ!はよ!」
患者2人を部屋から追い出すアキラ。
わたわたと2人は部屋から出ていき、2人きりの空間になる。
「アキラさん、私は…」
「待って、言わせて。メイさんには立派な医者になってほしい。でも、ここからは出なアカン。だから一緒に逃げよう」
「医者の世界は狭い。きっと父は逮捕されるし、どこへ行っても八猪の娘だって言われる…」
「真っ当な医者かていっぱいおる。俺はあんたにそんな医者になってほしいんや」
「アキラさん、どうしてこんなに私のこと…」
「…ぶっちゃけ、あんたに惚れたんや」
「え?」
少し照れくさそうにして、ベッドに浅く座るアキラ。
「それに、俺な、結婚しててん。でも、ある時嫁がちょっとソシャゲのやりすぎで病気になってしもて。あん時は俺もどうしていいか分からんくて、飲みに行ったりとかして逃げてしもてな…それで精神科の先生にかかることになったんやけど、薬どんどん増えて、それでも良くならんからおかしいなーって思って。で、嫁さんがネット調べてみたら、飲み合わせたらあかん薬バンバン出されてて……言ったわ。医者に『おかしいやろ!』って。そしたら、『植木屋とネット依存症がちょっとネットで調べたことで文句つけやがって』って逆ギレされてさ。……ほんまに悔しかったんよ」
「奥さんはその後…?」
「実家に帰ったわ。今はもうどうしてるか分からん」
拳を強く握りしめるアキラ。
何年経とうと、悔しさと怒りは消えない。
「そんな奴でも医者を名乗ってやっていってるんや。俺はインチキな精神科医が一番嫌いや。だから、あんたのオトンも許されへん。でもメイさんは違うやろ。あんたは良い医者になれる。」
「……」
「人間、外に出なアカン。ずっと室内にこもってるから人間おかしくなるんや。起きてお陽さんちゃんと浴びて、動いて、食べて、寝て。そうしてたら人間おかしくならへんねんて。今考えたら、うちの嫁さんも外に連れていってあげたらよかったんやな。あの時きちんと向き合ってたら、今頃まだ……」
「アキラさん…」
「せやから、あんたはこんな暗いとこおったらアカン。外に出て太陽をしっかり浴びるんや」
「でも、医者の世界は狭い。きっとどこへ行っても八猪の娘だってずっと言われ続ける……」
「…あんた、花好きか?」
「花?」
「そうや。植木屋は花好きやったらええで~!ここを出て、知らない町へいったらええ。そこで花屋でもやったらええやん。医者がアカンなら、一緒に植木屋やればいい。とにかく外に出て、いっぱいお陽さん浴びなアカン。『医者の不衛生』言いますやろ!」
「不養生です」
「あっ、そっか」
「本当に...私でいいの?」
「あんたが、俺を選んでくれるなら」
「……花、大好きです!」
満面の笑みで手を取り合うふたり。
そこに、ギターを持った患者がふいに現れ、アキラにギターを渡す。
アキラはそのギターで優しい音楽を奏で始める。
♪花
遠い町に住もうよ 誰も知る人のない
二人で暮らしたなら 花を育てよう
子供の頃から 転校続き
友達出来ても すぐにさようなら
学校帰りの 道に咲く
花の名前を 覚えて歩いた
だけど これまで
AH 花を育てたことがない
いつの日か ここから
移り住むよな気がしてて
遠い町に住もうよ 誰も知る人のない
二人で暮らしたなら 花を育てよう 花を育てよう
LALALALA…LALALALA…
アキラが大袈裟に、でも優しくメイに手を差し伸べる。
それを力強く握り返すメイ。
2人は顔を見合わせて幸せそうな笑顔を浮かべ、病棟の外へと駆け出した。
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すっかり夜も深まり、ここはどこかの町はずれ。
花旗と珠代が駆けてくる。勿論、車椅子に乗った寿も。
追っ手を逃れ、
「もうここまでくれば大丈夫だろ…」
「まさか、救急車乗ってて職質されるとは思わなかったわ……」
「ここはどこなんだろう……あ、あの人に聞いてみよう」
と、辺りを見回すと、ちょうど向かいからベビーカーを押して来る若い夫婦がいた。
「あの、すみません」
「はい」
「ちょっと道に迷ってしまって。ここってこの地図のどのあたりか教えていただけますか?」
「えっとここは…」
と、教えてもらい始めた瞬間に、ほぎゃあほぎゃあと赤ん坊が泣きだしてしまった。
「あっ、すみません……起こしちゃったみたいで」
「いえいえ大丈夫ですよ。どうしまちたか~?ミルクですか~?」
「「……ヒィッ!」」
ベビーカーの日よけの部分を開けると、可愛らしい生後数か月の赤ちゃん…ではなく、そこにはあの看護師の小神田の顔の赤ん坊が。
恐れおののく花旗と珠代。
「そっ、その顔……!」
「なんですか!」
「か、顔が!!」
「アンタもそんなことを言うんですね!」
「この子はね、産まれてすぐこの顔になったんです!」急に老け込んだんです
「この子に何があっても、私が産みましたと言い続けます!」
「そりゃ無理があるでしょう…」
「なんなんだこのジジイ!失礼な!!アンタらなんか野垂れ死んでしまえ!なにがドンファンだ」
「ドンファンは奥さんに殺されたのよ〜♪」
「あれまだ決着付いてないよね」
(おそらく当時話題になっていた紀州のドンファンの怪死事件のこと)
気を悪くした若い夫婦は足早に彼らの元を去っていく。
ポカンとする花旗たち。
「なんなんだ一体……」
「変な人しかいないのかしら……」
ふぅ、とため息をついたその時、少し離れたところにある建物が目に入った。
「ねぇ、あれ!スーパーじゃない?」
「…ホントだ。明かりがついてる。何か買ってくるよ」
「お願い」
「何か欲しいもんあるか?」
「じゃあ、スポーツドリンクお願い」
「オッケー」
歩き出した花旗がピタリと足を止めて、振り返る。
「……何かあったら、そいつ置いてすぐに逃げるんだぞ」
「えぇ。わかったわ」
足早にスーパーへ向かう花旗。
珠代はどうにかして情報を得ようと携帯の電波を探して近くを歩き回る。
「電波も届かないし…もう、ここどこなのよ…あれ…病院かしら。なにか光ってるような」
「どこ?」
不意に聞こえた男の声に驚いて振り返る珠代。
「ここどこ?病院?」
突然、ゾンビのようだったはずの寿が普通の人間のように話し始めた。
「その病院から抜け出してきたのよ」
「あんた、警察?」
「違うわ、私は記者で…」
「記者。記者ね。どうせあれだろ『少年の家庭事情は複雑で~』とか書くんだろ」
「え?」
今までのフラフラした動きとはうってかわって、車椅子からスッと立ち上がる寿。
立ち上がると気づかなかったすらりとした長身に圧倒される。
「あ、あなた立てるの…?」
「立つよ。…イロイロ『立つ』よ」
「えっ」
まだ帰ってこない花旗を呼ぼうとスーパーの方を見ると、ガッと珠代の腕が掴まれた。
「お前で『勃つ』かな」
「…!!! いや!離して!!」
寿は躊躇なく、叫ぶ珠代に平手打ちをかます。
突然の出来事にガタガタと震えて這いつくばる珠代。
「た……助けてぇ!!!誰かぁああああ!!」
「あぁああああ!興奮するその声!!」
ガッと珠代の身体に触れると触覚が発達した寿は、人一倍感度が良いようで、「…モチ肌じゃね!モチ肌アイドルじゃね!?」と興奮している。
下劣な寿の手が珠代の腰、腕、肩、と身体の輪郭をなぞっていく。
「一緒にテッペン超えようぜ...」
「やめてぇええええええ!!!!!」
「何してる!」
ペットボトルで殴りかかる花旗。丁度買い物を終えて帰ってきたのだ。
「ってぇ……何すんだジジイ...!」
寿と花旗が、睨み合う。
互いが戦闘態勢になった、その瞬間。
「そこまでよ!」
婦警の小神田が現れた。
「止まらないと撃つよ」
素早く両手を上げる花旗夫妻、寿もブルッと身体を震わせると、怯えた表情で婦警を見つめる。
3人を無表情に見つめて銃を構えたまま、小神田は無線で院長に連絡する。
「あ、院長。見つかりました。え?Wi-Fiの範囲を出ると、コイツ意思を持って動き出すんですか?へぇ~……いや、コイツ、なんかデブの女を犯そうとしてました。はい。はい。全員病院へ連れて帰ります」
無線を切り、拳銃で3人に向こうへ歩くように促す。
「ほら、あっちに歩いて。全員撃つよーーー」
3人とも、絶望に満ちた顔でガックリと首を垂れながら歩いていく。
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同刻、病院の裏庭。
北棟から先に脱出した甘木とユタカと百合本が走ってくる。
その中で甘木は、なにやらショルダーバッグを大事そうに抱え、ゴソゴソと何かを取り出そうとしている。
あの、と百合本に声をかけられて咄嗟に手を引っ込める。
「ここの獣道をまっすぐ行けば街に出られます」
「こっちであってるんですか?」
「裏口はこっちです」
「どうして裏口なんですか」
「表だと……先生に鉢合わせるかもしれないじゃないですか」
「あの、獣道って俺の足でも大丈夫ですかね」
「だ、大丈夫だと思いますよ!そんなに険しくないですし…」
「これって降りたらどのあたりに出るんですかね?」
「ショッピングモールの裏手です」
「あの…携帯返してもらえませんか。漆原、アイツきっとどこかに隠れてると思うんで、そしたら電話したら迎えに来てくれると思うんで」
「そうですね…お返ししますッ!」
と、ショルダーバッグに入れていた手を出した瞬間に、百合本の首元に火花が飛び散り、ガクガクと痙攣して地面に倒れ込んだ。
甘木が手にしているのは、スタンガンだった。
「ええ!?」
「先生への忠誠心は変わらない…!」
「でもスタンガンってそんな強くないんでしょ?」
「護身用に改造してあります!」
「くそ……違反ばっかじゃないか!!!」
「うわぁああああ!」
「「このっ……この……ンフフフ アハハハ~アハハハ~~♡」」
襲い掛かる甘木ともみあいになるユタカ。なぜか途中で楽しくなってきたのかアハハハウフフとじゃれ合い出すのだが、その一瞬の隙に甘木にスタンガンを押し付けるユタカ。
甘木は可愛くベーと舌を出してドサリとユタカの足元に倒れこんだ。
「どうすんだよこれ……」
ユタカが足元に転がる2人に呆然としていると、突然病棟の方から看護師4人が飛び出してきた。
「わ!なんだ君たちは!敵か!?」
「私たち」
「敵?味方?」
「今は味方です!」
「……はい。」
4人の看護師たちは元気よくユタカの質問に答える。うち一人はやる気がなさそうに「はい」と言っているが。
そこへ、北棟から脱出したアキラとメイが走ってきて、異様な光景に立ち止まる。
「ちょっと、ユタカさん!?なにしてんすか!」
「違うんだよ!コイツが裏切ったんだよ!俺たちをだましてスタンガンで気絶させられそうになったんだよ」
「ほんまですか…!で、この人たちは…?」
「なんか分かんないけど、味方だってさ」
「私たち」
「こんな日が来るのを」
「ずっと待ってました」
「…はい」
「でも……この人たちも裏切るんとちゃいます!?」
「だよな。う~ん……君たちが味方だってことを、見せてもらないかな」
「わかりました」
すると、1人の看護師が足元で気絶している甘木の胸倉を掴むと、勢いよく殴り飛ばした。
「ゥオラァアアッ!!!」
華奢な看護師から予想以上に躊躇のない拳が繰り出され、他の看護師も罵詈雑言を浴びせながら加勢する。
「ブリブリ!ブリブリ!院長に媚び売りやがって!!」
「ぶりっ子して気持ち悪ぃんだよ!」
「どうせヤリマンだろ」
「いやむしろ処女の方が救われるわw」
「オラァアアアアアアアアッ!」
「やめて!!!」
甘木に頭突きをかまそうとする看護師をアキラが大声で止める。
「貴方たち怖い……」
アキラもユタカもすっかり震え上がって小さくなっていた。
「も、もう、いいよ!君たちが味方だってことはよーくわかったから…」
「「「「やった~!!」」」」
顔を見合わせて嬉しそうにキャッキャとはしゃぐ女子たち。
と、その時
ズガァアン!と銃声が響き渡った。
バタリ、と1人の看護師が地面に倒れ、そこには血だまりができている。
全員が何が起こったかを理解して悲鳴が漏れると同時に、向こうの方から人影が現れた。
「意外と当たるもんだな~!」
「実践は初めてなんですよね?」
「ああ。ハワイで一回やったことはあるんだけど」
「でも実践は初めてなんですよね?」
花旗たちを連れて帰ってきた院長が、病院へ戻ってきたのだ。
「ドンファン…!」
「すまねぇ」
「このっ……!」
鉈を振りかぶって院長に襲い掛かるアキラだが、振り返った院長の銃口がゴツリと額に当たる。
額をつぅと流れる汗。思わず息を飲む。
「貸せ」
アキラにとって唯一の武器。手放すわけにはいかない。
「貸せ!」
しかし、院長の威圧に負け、鉈を手渡す。
銃口で肩を小突かれ、情けなくもヨロヨロと後ろへ下がらせられる。
「イルカくん、太麿くん連れてきて」
「は~い」
「……イルカくん喋った!」
「あっちなみに僕も喋りま~す」
「僕もで~す」
「どうでもいいわボケェ!」
「お父さんもうやめて!私を殺して。もう生きていたくない!」
「あ~やだやだ、お父さんそういうの大っ嫌いだから」
グルリとそこにいる全員を見渡した時に、ふとユタカが茂みの影にうずくまっているのに気付く。
「まずはお前からか、ドンファン?……ん、お前そこ、何やってんだ」
「あ、いや……」
「チ●コかいてんのか」
「いえ」
「ほら立て」
「あっ、いや、その…」
「立て!」
諦めの表情で立ち上がるユタカ。
すると、その股間は著しく盛り上がっている。
「お前……こんな時に勃つのかよ」
「ユタカさんもしかして…死体好きやったんですか!?」
「違うよ!俺もわかんないんだよ!なんでこうなってんのか!!」
「じゃあこれは?」
と、振り向きもせず銃を発射する院長。
その弾の行先は、
「えっ?!なんで……」
珠代だった。
「いや、豚まん殺したらどうなるのかなって思って」
するとその血飛沫に反応するかのように、ユタカの股間が更に盛り上がる。
「ウワァァア!!!」
「すんごいな!!!」
「珠代!」
「あなた!絶対にこのことを世間に知らしめて!そしてピューリッツァー……」
花旗は駆け寄って妻を抱きしめるが、珠代はその腕の中で絶命してしまう。
「ピューリッツァー賞なんてないんだよバカタレが」
そう話しながら、横にいた看護師を撃つ。
「どうして……」
「どうせ裏切るつもりだったんだろ」
バタリと倒れる看護師。その横で看護師たちとホテルの2人が怯えきっている。
そんな状況にもかかわらず、どんどんユタカのユタカは上へと伸びていく。
「もうやめて!」
「なんでメイここにいるんだ。お前も逃げる気か。そうか、その植木屋に唆されたんだな」
「やめてよ、まだ会ったばっかりよ!」
メイをかばうように院長との間に割り込むアキラ。
「せや俺が唆したんや!一緒に逃げよう言うてな。俺はこの世でインチキ精神科医がいっちばん嫌いじゃ!!お前がやってることは正義でもなんでもない。少しでも娘に愛されてるうちに死ねや!」
「ガタガタうるせぇな!!医者舐めんなよ。ここは病院だぞ?死亡診断書かけば全部終わるんだよ。」
すると、そこへ首輪に繋がれた太摩呂くんが北棟オールスターズに連れられてやってきた。
また誰かを食べていたのか、相変わらず拘束服は血で汚れて真っ赤である。
「あ、そうだ、太摩呂くんが全員食べちゃったことにしようか」
その時、目つきが変わった花畑が院長の銃口の前に立ちはだかった。
「殺れよ。どうせお前はもうおしまいだ」
「そうや。今までは身寄りのない奴ばっかり集めてたからバレへんかったんやろうけどな。俺らみんなの友達や親戚が気づいて探しに来て突き止めるわ。そうなったら、今までの悪事は全部バレてお前はもうおしまいじゃ!!」
「ゴチャゴチャうるせえな!!お前ら全員殺すことなんてな、造作もないわ!!」
その声を合図に、不気味な曲が流れ始め、患者たちと看護師たちが一気に不気味な表情になってアキラたちを囲んで踊りだす。
♪ジェノサイドパラダイス
一人 二人 殺したら
加害者 被害者 きちんと名前出る
何十人 何百人 殺したら
不審死 大量死 でまとめておしまい
ジェノサイド!
ましてや ここは 精神病院
犯罪者も多い 精神病院
マスコミだって扱わない
イルカやカメやシャチのように
お前ら謎の大量死で まとめて終わり
ジェノサイド!
ジェーノーサーーイド!
ジェーノーサーーイド!
ジェーノーサーーイド!
パーラーダーーイス!
ジェノサイド!
ジェノサイド!
ジェノサイド!
パラダーーーーーイス!!!!
その混乱の中、百合本と漆原が隙をみて逃げ出そうとしていた。
「おい。どこ行こうってんだ」
院長の声にビクリとして止まってしまう。婦警も2人の逃げ道を塞いでいる。
「おい、そこのイケメン○○」
「え……俺っすか」
「お前、誰か殺れ」
「えっそんな…無理です…」
「だったらお前を殺す」
選べるわけもなく、漆原は震える手で鉈を受け取る。
誰か、と言われて迷いの表情を浮かべてながら鉈の先端が向いたのは、
「…‼ 私じゃなくっていいじゃない!!!」
上司である百合本だった。
「だって、他の人あんまり知らないから……」
「どうせ私を殺したって、アンタも殺されるのよ!」
「ここにいる全員殺したら、お前だけ助けてやる」
「嘘よそんなの!!」
院長の言葉に少し戸惑いながらも、鉈を持ったままジリジリと距離をつめていく漆原。
百合本は、その彼をすっかり青ざめた表情で見つめている。
「えぇ~!私そんな、普段パワハラとかしてなかったでしょ?ね?……ひょっとしてアレ?チークダンス!チークダンスがセクハラだったの~~~~~~?ねぇ、あれがセクハラだったの~~~~~~~~!?」
「すみません社長!」
「アカンッ!!」
アキラの制止もむなしく、百合本は鉈でザックリと切られ、そのまま地面に倒れこんだ。
「痛ぁああああああ!!!」
とどまるところを知らないユタカのユタカがまた伸び上がっていく。
「すごいな、どこまで行くんだ!じゃあ、これは?」
ズガァアアン!
と、撃たれたのは漆原だった。
「やっぱり……こうなるんだ……すみません、社長……」
足元に倒れている社長を見つめながら、地面に倒れこむ。
そしてまたグン!と伸びるユタカのユタカ。
限界をとっくに超えているユタカはもはや興奮どころか、苦悶の表情を浮かべている。
「男でもなんの?すごいな」
まるで遊びのように次々と人を殺していく院長。
次は生き残っている看護師の襟首を掴んだ。
「痛めつけてやる」
「助けて…!」
「もうやめて!!!」
メイの声に、引き金にかけた指を一瞬止める院長。
「やめてお父さん。この人のアソコが大きくなるのは私のせいなの」
「何言ってんだメイ」
「私…………血を見るとチ●ポが吸いたくてしかたないの!!!」
「……………………は?」
「私は血を見ると」
「やめろ!!!………言葉遊びか?」
「違うの。ほんとに、今すっごく我慢してる」
「何言ってんだ……綺麗な顔して。♪吸いたくて吸いたくて吸いたくて~辛いよぉ~!(ゴー●デンボンバーさんの歌)ってか!」
「『ってか!』じゃないわ!」
(♪「吸いたくて吸いたくて震える」等、公演ごとに替え歌のレパートリーは様々だったようです)
「メ、メイさんそれは一体どういう…」
「500万人に1人の奇病だそうです」
「そんな変わった病気あるんですね……」
「アキラさん、名前も知らない植木屋さん。ごめんなさい。私……」
「さっき手術してもらった時に……」
「口でも感染するんですか?」
「今そこ聞くの?」
「悪いアキラ……さっきちょっとヤッちゃった……」
「なんて短い潜伏期間…」
「よし、今だ!」
「なっ……!離せ!」
八猪が油断した隙を狙って、銃を奪おうと花畑が襲い掛かった。
次の瞬間、揉み合いの中で銃弾が発射され、バタリと倒れたのは後ろにいた甘木だった。
「甘木!!」
「甘木さん!!!」
「……やっちまった!……弾数数えてたのに、もう一発残ってたなんて」
「嫌だ、死にたくない!最後のセリフが『なんて短い潜伏期間』なんて嫌だ!」
「先生いますぐ手術を!」
皆が甘木を抱えて手術室へ連れていこうとしたが、スルリとその手を抜け、院長のほうへ歩く。
「先生……魔法をかけてください。この世を綺麗にしましょう……先生…」
「甘木…」
彼女の目に映っていたのは、院長と成し遂げたかった理想郷。
最後まで、彼女は院長を愛し、手を伸ばし続けた。
が、その手はゆっくりと地面へ落ちて行った。
「甘木さんっ!!」
「甘木!!!!!!」
「こんの、エクスタジジィ…!!!」(ここも「ダンゴムシ」「唐揚げジジイ」等アドリブ祭り)
「素敵なニックネームをありがとう。こっちは妻を殺されてんだ、これでおあいこだろっ!」
そういうと院長と花旗は、もはや拳銃も武器もない、素手の取っ組み合いになる。
その様子を見て、あぁ、せや!という閃き顔でどこかへ走っていくアキラ。
院長に掴みかかっては突き飛ばされ何度も後転する花旗。しまいには、
「お前の恥ずかしい姿をみんなに見てもらえ!!!」
(大阪公演の時は「お前の御堂筋線/谷町線をみんなに見てもらえ!」等)
とズボンを食いこまされた尻を客席に晒されたりと、命懸けの真剣さがゆえに滑稽な攻防が繰り広げられていた。
しかし、ついに院長が鉈を拾い上げ花旗に斬りかかったその瞬間、奥からアキラが現れその鉈を防いだ。
アキラの両手には、剪定用の大きなチェーンソー。
車から武器になりそうな剪定道具を取ってきたのだ。
「これ、使ってください!」
とドンファンにチェーソーを投げ渡す。
「ありがとよ!」
「お前ら!全員やっちまえ!!!」
その声を合図に、テーマソングの♪マニアックが流れ出す。
一斉にそこにいる全員が入り乱れての乱闘となる。
花旗は婦警の小神田と激しい大立ち回り。
小神田に押されるも、すんでのところで攻撃をかわしチェーンソーで反撃すると、見事小神田の動きを封じることができた。
「一子ちゃん!」
「先生、すみません……!」
傷を負って倒れこむ小神田。
再び花旗と院長がぶつかり合う!というその瞬間、
「食らえ!!!」
とアキラの声に振り向いた院長にむけられたのは、ブロアー(送風機)。
人を殺さずに適度にひるませる、アキラらしい武器だ。
スイッチを入れると、爆風で口周りの皮がビロンビロンになる院長。
「口の中カッサカサになるわ!!!」
ブロアーを弾かれ、もう一度!と口を向けると院長は近くにいたユタカを盾にしていた。
ユタカの顔が激しく揺れる。
「あぁ!ユタカさん!!!!!すんませんっ!!!」
ユタカさんと一緒に突き飛ばされたアキラが起き上がった時、手元のブロアーの口を院長に掴まれた。
「お返しだ」
今度はアキラに爆風がむけられ、アキラの顔が激しく揺れる。
風から逃れ、ふと花旗を見ると、手にはスマホを持っている。
「ちょ!なにしてんすか!!!」
「これライブだから!この事件のすべてを配信してる!」
「えぇ!?」
その混乱の中、メイは寿と取っ組み合いになっていた。
決して組み伏せられることはないが、寿の力と身長差に苦戦している。
「アンタだけはっ!嫌!!!絶対に!!!嫌ッ!!!」
「先生!お嬢様が!」
「お前……!!!」
メイの窮地を目撃した院長は、目の色を変え、手元の鉈を振り上げる。
「死ねやぁあああ!!!!!」
時代劇のような見事な袈裟斬りで、寿を容赦なく殺す。
その時、後ろの建物を見たアキラがふとあることを思い出す。
「そうや!ここ、見たことあると思ったら、でっかい蜂の巣がある場所や!」
「前言ってたアレか!」
「なんだと」
と、その間に背後を取った ユタカが院長を羽交い締めにする。
蜂の巣を壊そうと、チェーンソーを振り上げるアキラ。
「やめろ!俺はアナフィキラシーショック持ちなんだ!」
「死ねぇええええええ!!!!!」
「ぅあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!
……えっ」
蜂が飛び出してこない。
それどころか、何も起こらない。
急いで繁みを探るアキラ。
「あぁ!?ユタカさん!!蜂死んでます!」
「なに!?」
「誰かが殺虫剤撒いたんや!」
「ふざけやがって、この……!」
ユタカの拘束を振りほどいてアキラに襲い掛かる院長。
と、そこに、フラリと植木の陰から現れた看護師がひとり。
ドスッ
「えっ」
院長の腹に深々と刺さる包丁。
看護師の目には別段怒りの表情もなく、普通の顔をしている。
「あ…いや……なんかあの…あんまセリフなかったんで」
「…………え」
「なんか……途中でいなくなっても気づかれなかったから、最後くらい目立ちたいな~って」
「痛ぁああああああい!!!」
グングン空へと伸びていくユタカのユタカ。
もはやその長さは自分の頭に届くほどになっている。
「えぇ……俺、こんな変態に勃起されながら死ぬの……やだなぁ……天罰なのかなぁ…」
「お父さん…」
「メイ、見るな。俺の血を見てお前に発情されるのも……ま、それもいっか」
ガクリと呆気なく絶命する院長。
突然訪れた終幕に、呆然とする一同。
「なんか……すみません」
伏し目がちに坦々と話す看護師があまりに異質で、皆どうしていいのか分からない。
「じゃあ失礼します」
フラフラとどこかへ行こうとする看護師を不気味に見つめていると、不意にユタカを包丁で刺した。
「え゛っ!なんで!!?」
「だって…こんな気持ち悪い病気治らないじゃないですか。私前からこういう慈善事業がしたかったんですよ」
女は坦々と話しつつも、どこかAIのような無機質な喋り方で気味が悪い。
いや、そもそも正気を失っている。
先ほどまでの安堵感が一気に吹っ飛んだ。
床に倒れこんだユタカに馬乗りになって何度も刃を突き立てる女。
それを同僚の看護師が必死で止める。
「やめて!正気に戻って!!!」
「あなたも撮ってる場合じゃないですって!」
撮影を続ける花旗を止めようとする看護師だったが、結局2人とも女に刺されてしまった。1人は「余計なことした」と言ってバタリと倒れた。
「やった!人助けいっぱいできた!最後は自分を殺しちゃえ」
えいっ、と首元を掻き切れば、噴水のように噴き出る血液。
アキラたちに血の雨が降り注ぐ。
「世界中に配信してください」
そう言い残して看護師は、雑に床に倒れこんだ。
シン…と静まり返る八猪病院。
あれだけの人間がいたのに、今や生者はたったの3人。
むせかえる血の匂いに吐き気を催すアキラ。
この現場をずっと録画していた花旗は、スマホの画面を見てハッとする。
「あ、間違えた……これ配信じゃなくて動画撮れてただけだったわ」
「何してんすか!てか、そんな動画残ってんの嫌や!今すぐ消してください!」
「嫌だね!俺はこれでピューリッツァー賞を取るんだ!!!」
「なに言うてはるんですかっ!!!」
「俺は!これでピューリッツァー賞を取るんだああああぁぁ……」
この惨状を前に呑気なことを言っている花旗の携帯を取り上げようと駆け寄るアキラ。しかし、花旗はギュッと大事そうに携帯を胸に、目にもとまらぬ速さで闇の中へと消えていった。
「もぉおおおおおおお!!!!キチガイばっかりや!」
足元の血だまりと死屍累々を見つめるアキラ。
「どうすんねん、この状況……」
「逃げましょ!」
「メ、メイさん…!?」
「言ってくださったじゃないですか。一緒に逃げようって」
「ひ、ひょっとして……メイさん、欲情してはります?」
「てへぺろっ☆」
「あ!ほ!か!なんやねんこの、台無し感……!!俺なんのために戦ったんやろ…」
「でも、アキラさん。大丈夫。私、大学病院にいたころ、この病気をいっぱい移してきちゃった。だから、沢山の人にこの病気は広まって、そのうちモラルも崩壊して、少子高齢化も解決!だから、知らない町で子供いっぱいつくろ?…てへぺろっ☆」
「キチガイばっかりやないかっ!!!!!!!!!!!」
「もうええわ……俺逃げるわ…」
「アキラさん待って!」
「待たんわこの変態ッ!!!例え、世界で一人になっても逃げ切ったる!!!」
生き残るわ俺、世界がおかしなる言うんやったらな、1人になっても逃げるわ
アキラが病院を飛び出すと同時に、舞台は色とりどりの照明がグルグルと駆け巡りだし、それに合わせて、死体たちがムクリと起き上がる。
長調にアレンジされたテーマソングの ♪マニアックが流れ出す。
♪出口
(マーニマニマニ マニアック マーニマニマニマニアック
マーニマニマニマニアック マーニマニマニマニアック)
アキラはエレキギター(テレキャス)を手に走り出てくる。
満面の笑みの死者たちは、奥から全員でステップを踏みながらの金色の巨大な男根をかたどった神輿を引っ張ってくる。その上にはメイがうっとりとした表情で跨っている。
甘木は「開運」と書かれた巨大なうちわを掲げ、院長は金色のくす玉のようなものが2つ付いた棒を笑顔で持っている。
勝手なことばっか言ってるやつらに
関わりを持っている暇はない
気遣うことばっか教わってきたけど
これ以上知ったって俺は一人行く
(誰でも彼でもマーニマニマニマニアック
独り占めしたい マーニマニマニマニアック)
一生は一度きり おかしなやつらに関わるな
ここって出口を見つけたら まともな世界に歩き出そう
1人でも生きていく 1人でも生きていく
1人でも生きていく 1人でも!生きていく
いつかは会えるさ 大事な誰かに
会えなく終わっても 俺はもう気にしない
一生は一度きり おかしなやつらに関わるな
ここって出口を見つけたら まともな世界に歩き出そう
1人でも生きていく
1人でも生きていく
1人でも生きていく
1人でも!生きていく
アキラのギターの最後の音と共に客席に向かって金色と赤色のテープが発射される。
まさにそれは「欲望」の発射。
マニアックなのは、一体誰なのか。
マニアックとは、一体何なのか。
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音楽劇「マニアック」、これにて終幕。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この世界のどこかでまたアキラに会える日まで……