ぺんぱっく

村上信五と安田章大がぶつかると気を失いそうになる

カワハギのお刺身食べたい【羊の木考察1/2】

どうも、こんばんは。ご無沙汰しております。ぺんです。

1年のうちの12分の1が終わってしまいましたね。

個人的には1月に事件がありすぎて、もう1年たったんじゃないかってくらいの濃密さでした(笑) 皆様はいかがお過ごしでしょうか?

 

 

そしてそして、

映画「羊の木」!

公開しましたね!!!

 

 

母親(非エイター)が珍しく舞台挨拶ライブビューイング行こうや、といってきたので行ってきました。

 

以下、ネタバレと感想です。

見に行った人以外読まないでくださいね!

以下、セリフを引用したり、場面の流れを書きますが、一回だけの記憶なのでけっこう間違ってると思います。すみません。

 (※あと勢いだけで書いてしまった読みにくい文でしたので、2月5日加筆修正しました)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

まず、ざっくりとした感想ですが、

これは錦戸さんの演技力と脇を固める役者陣のすごさを堪能できる作品であり、ただただ目の前のことに翻弄されて雰囲気にのまれる作品でもあり、凄いなと思いました。

噛めば噛むほど考えれば考えるほど味わい深くなる一方で、何も考えずにからっぽの頭で見て肌で感じるのも楽しい映画かなと。まさに劇中で言ってた「人間、肌で感じたことは案外間違ってないものです」というセリフどおりだと思いました。

 

個人的に、サスペンスという売り込み文句、6人の怪しさや国家プロジェクトの謎っぽい所を合わせて、予告段階からかなりアレコレ深読みしすぎてしまいしたが、案外飲み込んでしまえば「人を信じ切れるか、どうか」というテーマに焦点を当てれば、そんなに難しくないヒューマンストーリーだったのかなと思います。

だから淡白に感じていたキャッチコピーは、そういうことだったんだと見終わってから納得しました。

いや、考えるところありすぎて難しいんですけども!

 

 

ど新規エイターなので、錦戸さんの演技をはじめてみたのですが、6人の新住民の受け入れの「魚深市へようこそ!」の紙の開き方、持ち方、「いいところですよ。人もいいし、魚もうまいし」の雰囲気の変え方、まさに観客の視点を入り込みやすく、わかりやすく、けれども巧みに演じられていて本当に本当にすごいなぁと。

平凡な一般人って、すっごく演じにくいじゃないですか。

特徴もないし、クセなんかも素の自分を持ち込みやすかったりして。

なのに、フラットで、どこにでもいそうで。

自転車乗ってベースしょってるところなんか、ほんと町にいそうな若い兄ちゃんですよ。ちょっと日が落ちたらわかんないよ。錦戸さんって。

演奏にしろ運ぶにしろ、ベースと一緒の時間がわりと長かったのは「ここにいなくてもずっと丸ちゃんとは一緒だよ」っていうメタファーなんですよね?

 

 

で、この映画で気になったのが

・羊の木、って結局どういう意味?なんの暗示だったのか?

市川実日子さん演じる栗本がお墓をつくる意味とは?

松田龍平さん演じる宮腰は再犯を必ずする人間だったのか?

・いけにえのくだりを含む、のろろ様の意味は?

の4つでした。

 

 

【羊の木のそもそもの意味と、この映画における意味というか象徴について考える】

 

まず、「羊の木」ですがあんまりワード検索しても見当たらない。

公式も東タタール旅行記の引用だけだし(タタールとは今のリトアニアモンゴル高原あたりをざっくり指していうそう。韃靼(だったん)と訳されることが多い)。

ということで英語でひいたところ「バロメッツ」というのがヒット。

https://ja.wikipedia.org/wiki/バロメッツ

簡単な話、綿。コットンのこと。

ただ、昔動物から毛をとることが常識だった国にとって、「綿」という植物が想像できなさ過ぎて、羊が生える木なんじゃないの!?って思ったのが伝説のはじまりだそうな。

ついでに、この伝説と並行して、Cibotium barometzという実在の植物がヒット。

シダ科の植物で、ソテツみたいな木。地下茎の部分に毛が生えていて、その形が羊をひっくり返したものに似ているそう(地下茎とは、しょうがみたいなのを想像してもらえればわかりやすいかも)。これは割とリアル羊の木やん。

 

 

羊の木ってなにかことわざか、なにかかなと調べましたが、その意味は?というのが結局見つかりませんでした。ことわざでもないのかも?

タタール旅行記もあまり調べてもヒットしなかったし、著名な作品ではないのかな?完全に勉強不足です。すみません。

知ってる方がいれば教えてください。

 

で、ほかの方の記事とかも呼んでみましたが、宗教的な意味では?というのを発見。

確かに羊って生け贄のイメージが非常に強いし、劇中でも生け贄の話が出てくるし。

 

 

でも、個人的にそれとはまったく別で、それを拾った栗本が羊の木を

「輪廻転生」の象徴だと思ったのかなと思いました。

劇中で墓を作り続ける彼女の謎の行為。

そして「さよならじゃないよ。芽が出たらまた会えるよ」のセリフ。

 

最初魚を独りで食べるシーンで、二つ目の魚を横に埋めますが、あれは恋人の分なんでしょうね。殺したくて彼氏を殺したわけじゃない彼女は、自分の罪を後悔し、きっと今も彼氏のことにおびえながらも彼がいない寂しさにも、心の穴を埋めきれないでいるんじゃないかなぁと思いました。

彼の分もご飯を買ってくる。

そして備える仏壇も遺影もないから、自分の手で埋葬する。

 

そういうことを続けて、この世の生命を弔いつつ彼の命をも弔っていた時に、海辺で拾った「羊の木」の絵。

みたこともない不思議な絵に、動物が実るという奇妙な現象に希望を抱いたのかもしれません。

普通の植物を考えたときに、その花が実る種というのは、その植物の実からできるもの。すなわち、実≒タネと考えていいでしょう。

とすると、彼女は羊の木の種を「羊」だと思ったのかもしれません。

(実際の伝承も種に関する記述がないので、想像の余地が十分にあると思いますが)

一度死んでしまったものを埋めて弔うことで、そこから植物が育てばまた同じものが実る。また彼に会えるんじゃないかなという希望に繋がったのかなと思いました。

DV被害に遭った人が相手を殺してしまったうえで、また会いたいなんて思うかどうか微妙なところですが、でも望んで暴力をふるった相手を愛したわけではないだろうし、殺したことも望んでやったようには思えなかったので。

 

結論として、劇中でお墓を作る栗本の行動は、きっと「彼を弔うため」のものから「彼の未来へつなぐため」の希望へと変化したのではないでしょうか。

本気でカメや鳥を埋めたら、カメや鳥が生えてくると思ってはいないでしょうが、もとあった生命から新しい芽吹きがあるのは、未来の明るさ、前向きさ、生命力を感じさせるものだと思います。(なんだか「風の谷のナウシカ」のエンディングっぽいですね)

 

羊の木のプレートは彼女に「輪廻転生」「再開」という希望をもたらしたんだと思いました。

 

(※輪廻転生とは、アジア系の宗教で多く見られますが、厳密には同じ生命になることは復活といいますし、次は違う動物だったり人間縛りだったり条件が宗教によってことなるので難しい所ですが、ここでは「同じ生命として再開すること」のことばとして選びました)

 

 

 

......と、ここまで書いてすっごく長くなってしまったので、

・宮腰は本当に再犯をするような人間だったのか?

・のろろ様とはなんだったのか?

は次のブログで書きます!

長くなってごめんなさい!ではバイバーイ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.S. どうでもいいことを書きますが、月末の幼馴染の名前が私の名前と一緒で、劇中で呼ばれる度にちょっと飛び上がってました。

自担なら死んでました。

でも、亮ちゃんに名前呼んでもらえる日が来るとは。

この奇跡に合掌......!